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メディアの嘘と本当の原因【ANA963便事故分析】

運輸安全委員会は、2019年8月に全日空機が乱気流に巻き込まれ、行客乗員合わせて4名が重軽傷を負った航空事故について、2021年2月18日に調査報告書が公表されました。今回はその内容を読み、各メディアの発信方法の考察・今後の事故予防の解決方法を自分なりに考えてみようと思います。

ANA事故分析 メディアの嘘

事故概要

当サイトで記載している「事故概要」は、運輸安全委員会の調査報告書の文章をわかりやすく書き直し、まとめたものをあげています。語弊のないように配慮はしておりますが、詳細は運輸安全委員会のものをご自身で一読して頂きますようお願い申し上げます。

  • 2019年8月15日
  • ANA963便/羽田発北京行
  • 使用機材:JA808A (B787-8)
  • 乗客2名重症(右足第一楔状骨剥離骨折/腰部軟組織損傷)
  • 乗員2名軽症

20:10頃
同機は、内モンゴル自治区上空を巡航中、積乱雲を確認。管制許可を得て針路変更をすることで、積乱雲を回避した。針路変更後、積乱雲は回避したものの、その南側には薄い雲が広がっており、雲中の飛行となった。しかし、気象レーダーでは進路上に揺れの危険のあるエコー反応はなかったため、ベルトサインは消灯したまま飛行した。

20:18
着陸の約30分前という事もあり、管制より降下開始指示。

20:20
モンゴル自治区の飛行制限区域を避けるために、管制より右へ変針指示。
そして右旋回しながら下降をしていた同機は、雲の層の下に出た。その時、レーダーには、危険な雲の表示はなかった。しかし、下方の積雲が目視できたため、操縦室にいた先任客室乗務員に「揺れが予想されるためベルトサインを点灯させる」と伝えた。

20:23:33
下方に広がる積雲から離れて飛ぶために、降下を中断し水平飛行を行った。しかし、前方に盛り上がった雲が現れ、回避できないと判断しベルトサインを点灯。
この時まだ先任客室乗務員は、ギャレーに戻った所であった。

20:23:58
わずかその30秒後に、同機は積雲をかすめ、大きく動揺した。先任客室乗務員は、揺れの予想に関して、他の客室乗務員に伝達できず、乗客へのアナウンスもできていなかった。

 

これに対し、再発防止策として、
1. 運航乗務員に対し乱気流対応の周知徹底
2. 客室乗務員に対しベルトサイン点灯時対応の周知徹底
3. 着陸前30分間のトイレの離席を抑制するためのトイレ早期使用のアナウンスするようマニュアル改訂
4. 機体の揺れに遭遇した場合の留意点の機内安全ビデオの作成
とあります。

 

また、この事故に対する有効措置として以下のことが書かれています。

パイロットは、悪天域を回避するための経路変更を管制機関に要求する場合、回避に要する針路、計画経路から外れる幅(オフセット距離)及び計画経路から外れて進出を予定する距離等の情報をできるだけ具体的に通知して飛行の可否を確認することが、座席ベルト着用や客室への安全状況提供の要否やタイミングについて選考的に判断するために有効であると考えられる。

(引用:調査報告書 

つまり、針路変更の場合は、充分に管制さんとコミュニケーションをとってね、という事です。

 

各メディアの報道

ここからは各メディアがこの事故の原因をどのように書いているかを比較していこうと思う。

TBS

TBS NEWSでは、以下のように書かれていました。

予期せぬルート変更指示で乱気流に抵触か19年ANA事故」

この事故について運輸安全委員会がまとめた報告書によりますと、機長はルート上に発達した積乱雲を確認していたためルートを変更して飛行していましたが、管制から予期せぬルート変更の指示を受け、乱気流から十分離れることができなくなった可能性が高いということです。
機長は乗客や乗員に機体が揺れる可能性があることを余裕を持って伝えることができず、席を離れていた乗客乗員のけがにつながったとしています。

引用:TBS NEWS

NHK

NHK WEBでは、以下のように書かれていました。

「全日空機 4人重軽傷の事故 レーダーに表示されない雲 原因か

運輸安全委員会の調査報告書によりますと、パイロットはいったんは積乱雲などが多い場所から離れるルートをとりましたが、中国の管制官の指示で近づくことになり、そこでレーダーに表示されていない発達した雲に遭遇したということです。
パイロットは、揺れが予想されるためすぐに座席ベルト着用サインを点灯させましたが、25秒後、機体が発達した雲をかすめ、大きく揺れたということで、乱気流に巻き込まれた可能性が高いとしています。

引用:NHK WEB

 

 

メディア記事の考察

皆さんは、この調査報告書をしっかり見たあとに、この2つの記事を見てどう思いますか。

私の率直な感想は、メディアの記事って基本的に適当である上に、航空業界など専門性が高いことに関しては信用できないな、という印象を受けてしまいました。というのも、同じ調査報告書を基に書かれた2つの記事であるのにも関わらず、事故原因がそれぞれ全く異なる2つにフォーカスされていました。

このサイトは、私の個人的な感想であって、メディアを批判する目的ではないです。ただ、皆さんには、その背景にある真実をしっかり知ってもらいたく、調査報告書の解説記事を作りました。

さて、まず1つ目のTBS。私はTBSの記事はある程度しっかり調査報告書を読み込んだ上で書かれていると感じました。なぜなら、調査報告書の中に以下のような文章があったからです。

同機は、積乱雲を回避するため針路を変更して飛行していたが、予期せず管制期間から制限区域を避けるための変針を指示されたことにより、悪天域から十分に離れることができなくなったものと考えられる。

引用:調査報告書

つまり、TBS NEWSにある「予期せぬルート変更指示」が原因という書き方は、調査報告書の内容をしっかり汲み取っています。ただ、このルート変更は実は「想定内にすることができたのではないか」という事については後述します。

 

次に、2つ目のNHK WEBの記事です。この記事では「レーダーに表示されない雲が原因」と書かれています。単刀直入に申し上げると、私はこのNHKの記事は報告書の内容を全く反映できていないと感じました。
この調査報告書を読んで、レーダーにうつる うつらないという点は全く関係ない、と私は思います。なぜなら、レーザーに映らなくてもパイロットは目視で積雲を確認しており、それを充分に危険因子だと判断し、客室乗務員に対してベルトサイン点灯の旨を伝えているからです。事実、調査報告書の結果にも、レーダーに映らなかったことに関する原因追求の言及はありませんでした。
にも関わらずこのNHKの記事は「レーザーに表示されない」という文言をタイトルに盛り込んでいます。読者に対して「レーダーの性能不足が原因であった」というような誤解を生んでしまうでしょう。

 

事故原因考察

さて、ここから私が個人的に「この事故の原因は何なのか」について考えていこうと思います。ただし、これは個人的な考えであり、私はパイロットではない事を此処で再度明記させていただきます。

私がこの事故の原因と思うものは以下の4つです。

  1. 経路に関する準備不足
  2. コミュニケーション不足
  3. 前方確認不足
  4. ベルトサイン点灯の遅れ

 

経路に関する準備不足 

この便は、羽田発北京行 ということからモンゴル自治区の飛行制限区域あたりで降下をすること、そして当日は北京付近で雷が発生する可能性が合った事は事前にわかっている事でした。
ならば、一番初めの20:10頃の針路変更の際には、「制限区域」と「雲」という2つのリスクが重なった段階であるため、安全を配慮し、飛行制限区域を考慮したリクエスト・管制との交渉ができたのかな、と感じました。
これができなかった理由として考えられるのは、飛行制限区域の位置がしっかりと認識できていなかったという「経路に関する準備不足」の可能性があるのかな、と思いました。

コミュニケーション不足

上で述べた準備不足が原因ではなく、準備は充分であったにも関わらず事故が起きてしまったのなら、「コミュニケーション不足」が問題であったのかと思いました。これは 、調査報告書で有効措置として挙げられていた点です。
管制に針路変更をリクエストする際に、「制限区域というリスク」が念頭にあるのなら、事前にその先のルートに関しても充分に確認しておくべきであった、という事です。そうする事で、急な進路変更は避けられたのではないかと思います。

 

前方確認不足

これは憶測の範囲ですが、雲を避けられず、侵入してしまった一因として、積雲に気がつくのが遅かった、という可能性が考えられると思いました。過去に他の方の記事でも「機体の揺れの原因が、パイロットがただ雲に気が付くのが遅かったから、ということが多々ある」というのを目にしました。
今回の場合は、制限区域の問題もあり、経路変更ができないほど切迫していた状況なのかは、私にはわかりません。しかし、制限区域による針路変更指示が20:20、事故発生が20:23という事実をみると、2分間ほどの間はある事から、すぐに目視ができれば多少管制と連絡を取り、回避措置を取れた可能性もあると感じました。ただし、当時の視程などにもよると思うので、確実な事はなにも明言する事はできません。

ベルトサイン点灯の遅れ

下方の積雲が目視し、先任客室乗務員にベルトサインの点灯を伝えたのが20:21頃、そこから「雲を避けられないと判断して」サイン点灯したのが20:23頃でした。初めに下方の積雲を目視した時点で、リスクを受け止め、瞬時にサイン点灯をすることはできたのではないでしょうか。

ただし、「事前に客室乗務員に周知してから出ないと点灯できない」というようなルールがあるなら別だが、実際はどうなっているでしょうか。ただ私は、緊急性のある場合は、ベルトサインはなるべく早く点灯させるに良いに越したことはないと思うので、早い段階での点灯は可能であったのではないかと思っています。ご存知の方がいましたら、教えてくださると嬉しいです。

 

以上4点が、私の考える原因です。

ただ、曖昧な点も多いので、参考程度に捉えていただきたいですし、ぜひ皆さんの考えも聞いてみたいと思いました。

しかしそのような中でも、重要視しておきたいのは2点目「コミュニケーション不足」です。過去の航空事故においても、コミュニケーション不足が原因となっているものが多く存在します。管制とのコミュニケーションに関わらず、パイロット間であったり、客室乗務員とのコミュニケーションであったり、常にスムーズな情報共有がされている、ということは非常に重要であるのだと、改めて思い知らされました。

 

まとめ

今回は初めてでしたが、航空事故に関する分析をしてみました。自分の知識ではわからないところも多いですが、たくさんのことが学べました。これを読んだ皆さんも同じように多くのことを感じ取っていただけたら幸いです。

少なくとも、NHKのニュースを見た方が、これを読んで誤解をといていただけたら嬉しいと思いました。

また、最後の章で述べた考察は個人的な考えが多く含まれていますので、もしも事実と異なるものがある場合は、ぜひご指摘いただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

 

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